日本へのさくらんぼの伝来と歴史

2017年6月5日 at 1:29 AM
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さくらんぼの名称に日本の代表的な花である「サクラ」の文字が入っており、漢字で書くと「桜桃」と記載することから日本か中国あたりから伝わったと思われる方も多いでしょう。

ところがこの果実はトルコやイランなどの中東から伝わったモノでして、これらの地域では紀元前より食用として用いられていたようです。

やがて東西にこの植物は伝来し日本へは江戸時代に中国(当時の清)よりもたらされますが、この頃は実を食べるという目的ではなく、仏像や美術品・家具などの高級品の素材として「桜桃」という言葉と一緒にもたらされたのが最初のようです。

 

果物として本格的に伝来したのは明治に入ってからで、現在の主生産地である山形に伝わったのかというとそうではなく、北海道が最初の栽培地だったようです。

この時さくらんぼの木を日本にもたらしたのはリヒャルト・ガルトネルというドイツ人(当時のプロセイン)の貿易商でした。

函館政府と明治政府のゴタゴタの合間に北海道入植許可を得たガルトネルは将来の植民地化に対する足がかりという下心はあったものの、日本に高度なドイツ式農業技術を多く持ち込んだ貢献者でもあります。

さくらんぼの他にも牛や豚などの品種も彼の手を経て日本に入ってきたものが多数あります。

 

またガラス温室を使った温室栽培を日本にもたらしたのも彼と言われています。

後に新政府に植民地化の足掛かりという下心に気付かれてしまったガルトネルは土地を取り上げられてプロセインに帰らされてしまいますが、その際置いて行った技術や品種はいまでもそのまま培われているのです。

北海道より伝わったさくらんぼですが、日本の食糧基地としての目的のあった北海道の農業は腹の膨れる食べ物の増産が主流だったこともあり、さくらんぼ農業の育成にはあまり見向きもされていなかったようです。

 

ところがこのさくらんぼは米づくりの基盤がしっかり確立し、リンゴなどの果物の商業価値をすでに理解していた東北の農家が目をつけます。

栽培と品種改良の研究が熱心に行われ、「黄玉種」とヨーロッパの代表品種である「ナポレオン」を掛け合わせて作られた「佐藤錦」の完成を契機に、広く日本中で作られるようになり、日本独自の品種が多種開発されることとなりました。

世界中で作られているさくらんぼではありますがその生産量はトルコが圧倒的に多く、ついでアメリカ、日本は20位です。

ちなみに日本における都道府県別生産量をみると7割が山形で作られており、その山形でも大半が「佐藤錦」です。

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